インスマス

序.
インスマス・・・それは邪悪の神ダゴンの下僕達の住む町。
今日も何も知らない者達が足を踏み入れ、我が身に降りかかる恐怖に絶望していく…


1.
ザッザッ、ザッザッ…
大勢の足音が聞こえる。
ヤツらだ!早く逃げないと…
今の私には逃げる事しかできない。

「くっ、こんな事なら始めっから、こんな町に来るんじゃなかった」

今更どうにもならない事を知りつつも私は独り愚痴った。


私は、とある会社の依頼でこの町へ工事に訪れたのだった。
客の家は町から離れた場所にあり、午前中からの工事を希望していた為に
いつもの出勤時間よりも早く出発し何とか午前中に客の家へと辿り着いた。

「御免下さーい。○○電気でーす。」
「少々お待ち下さい。」

家の中から若い女性の声が聞こえてくる。
きっとこの家の娘さんだろう。

「おはようございます。○○電気です。」
「おはようございます。○○さん、お待ちしておりました。
さぁどうぞ、お上がり下さい。」
「どうも、それでは失礼致します。」

と、当たり障りの無い会話をしながら
客の家に入る、私とアシスタント。
ふと家に入ると何処からか漂う異臭に気が付いた。
…何の匂いだ?
まぁ、いい。そんな事より、さっさと仕事を片付けてしまおう。
私とアシスタントは早速工事へ取り掛かる。

2.
機械を中庭へ運んでいる途中、私は古めかしい倉を見つけた。
いつもの私ならば、客の家にある物などに目もくれないのだが、
今日は何故か倉にとても興味を牽(ひ)かれる。
気が付くと私は倉庫の中に居た。
そして、私の手の中には、ヤケに古ぼけた木の箱が
何の違和感も無く納まっていた
しかも私はその木箱を開けようとしている

「○○さん?ここで何をしているんです?」
「はっ!?」

娘さんに声を掛けられ私の体は掛けられていた魔法が
解けたように自然と動く事ができた。

「いっいえ、ちょっと箱が、気になったものですから!ハハハッ」

などと、訳の解らない言い訳をしつつ、私はその場を後にした。
昼の2時を過ぎた頃、工事は無事に終える事ができた。

「どうも、お待たせして申し訳ありませんでした。これで、工事は終わりましたので失礼致します。」
「ご苦労様でございました。」

工事を終えた私とアシスタントは、
遅目の昼食をとるために、町へ向かった。

3.
まただ!またあの匂いがする。
ふと回りを見渡すと何かがおかしい。
妙な違和感が私を包み込む。
一体何なのだろうか?
それに道を歩いている人々の表情もおかしい。
よく見てみると、それは分かった。
目の焦点があっていない。
口も半開きになっている。
町を歩く人全員が、そうだ!

「おい!△△ッ!たっ・・・!?」

何と言う事だ!アシスタントまでもが彼らと同じ状態だった!!

「!!!!!!!!!!!?」

私は声にならない悲鳴を上げながら車から降り無我夢中で走った。

4.
どの位走っただろうか?
気が付くと私は先程の客の家の前へと立っていた。

「すみません開けて下さいっ!お願いしますっ!」

大声を上げドンドンと扉を叩いた。
少しすると扉が開き、娘さんが私を出迎えてくれた。

「○○電気さん?どうなさいました?」

私の只ならぬ様子に何かを感じたのか戸惑いつつも娘さんは
私を家の中へと通してくれた。

「たっ大変なんです!町の人達の様子が様子がおかしいんです!」
「どういう風におかしいのですか?」
「そ、それは、みんなの表情がですね、目の焦点があってなくて、口が半開きなんです。」
「まぁ、それで私(わたくし)にどうしろと?」

彼女の声が変に聞こえる。
私の耳がおかしいのだろうか?

「どうしました?私の顔に何か付いていますか?」

彼女は、何故かうつむいたまま話している。
何故、彼女の家には彼女以外の人物が居ない?
そして、あの木箱の中には何が?
不安・疑問・恐怖が次々に私を襲う。
そして私は、ある事に気が付いた。
何故この家からの匂いが一切無くなったのか?
午前中に工事をしていた時には、微かにだが匂いはしていた。
なのに、今は全く匂ってこない。
この事が一体どう言う事なのか、私には全く理解する事ができなかった。
その事が恐ろしい。
ただ、恐ろしかった。

「何を恐れる必要があるのです?貴方も私たちの仲間になりましょう?」

彼女の声が次第に不明瞭に聞こえてくる。
同時に私の頭がボォっと、してきた。
まるで、あの木箱を手にしていた時の様に…
拒みたかったが体が言う事を聞かない。
体が彼女の元へ近づいて行く…
私は何とか抵抗してみるが体は止まる様子を見せない。
何とか止める術は無いのか?
その時、私のポケットから一枚の写真が落ちた。

「!?」

それを見た私は何故か呪縛を解かれ、この時とばかりに逃げ出す事ができた。

5.
無我夢中で逃げる私は気が付くと、あの倉の前へと辿り着いていた。
何故か全ての謎はこの中にあるような気がする。
意を決すると私は倉の中に足を踏み入れた。
もう、日は暮れ始めている。
少し暗いが気になど、していられない。
あの木箱に何か秘密がある筈だ。
理由など無いが、間違い無いだろう。
私の感が、そう告げている。
幸い、箱はスグに見つかった。

「やったぞ、見つけた!」

喜んでばかりはいられない、外から大勢の足音が聞こえてきているからだ。
しかし時、既に遅かった様だ!

「木箱を返しなさい。そして、私達の仲間に…」

既に他の町の人達と同じ様な状態の彼女は、そう私に告げたのだった。
しかし、今の私は木箱を手にして、もはや恐怖よりも箱の中身を確かめたい欲望で満たされていた。
そこで私は箱を遠くに投げ、その隙に人垣に体当りを食らわせ、囲いを破ることにまんまと成功した。

幸いにも箱は壊れる事無く地面に転がっていた。
私ははやる心を抑えつつ木箱の蓋に手をかけた!
そして…

この世の中には絶対に見てはいけない物があったのだ。
私は、それに触れてしまった…
私が不用意にも開けたその箱の中には、
人間如きが永遠に知ってはいけない物であった…

私が狂う前に…今、これを読んでいる貴方に…
告げておく。忘れないで欲しい…
この世には確かに   は、存在するのだ。
そ・し て・・あ…


−終−

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